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秀吉、信長、利休がその才能に惚れた「蒲生氏郷」 会津若松の鶴ケ城で味わう

2016.08.18

戊辰戦争で籠城戦の舞台となった会津若松の鶴ケ城は、真っ白で美しいお城です。
大河ドラマ『八重の桜』でも舞台になっていたので、幕末のイメージが強いお城ですが実は戦国時代から。

その城主は蘆名氏、伊達政宗、蒲生氏郷、加藤嘉明と豊臣政権の重鎮と、東北ナンバー・ワンの武将・伊達政宗が城主を務めた経験があるのです!

しかも蒲生氏郷、加藤嘉明は城の改修につとめた立役者として、会津の人にも親しまれているのです。
ここでは鶴ケ城の戦国武将の城主についてご紹介します!

7層の城を作った蒲生氏郷

蒲生氏郷は織田信長時代、人質として岐阜城で過ごしますが、非常に優秀だったため、織田信長から将来を期待される存在になりました。
期待の証として、信長の3女が蒲生氏郷の妻となったほどです。

そんな優秀な蒲生氏郷は順調に出世していきますが、本能寺の変で織田信長が亡くなって以来、豊臣秀吉方につくことになります。

賤ヶ岳の戦い、紀州征伐、九州征伐などにも参加し武功を挙げた功績として、奥州42万石を与えられることに。
その時は、戦国の雄・蘆名氏を破った伊達政宗が城主だった鶴ケ城に、蒲生氏郷が入城。

最初は黒川城という城で、今のような形ではなかったのですが、7層楼の天守の「蒲生氏郷としての城」に大改修し、氏郷の幼名にちなみ、蒲生家の舞鶴の家紋にちなんで鶴ヶ城命名されたのだそうです。

今は5層天守ですが、これは加藤嘉明が改修したためです。

利休にも期待されていた!利休7哲筆頭だった蒲生氏郷

実は茶人としても優秀だった蒲生氏郷。
細川幽斎などが並ぶ、利休7哲の筆頭でもありました。
利休の息子を秀吉から匿うため鶴ケ城で過ごさせた氏郷は、その御礼にと利休の息子・千少庵がこの茶室を作ったと言われています。
現在の茶室は復元ですが、千少庵が削った床柱があるので県の重要文化財指定されているのが、「麟閣」です。

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こちらが床柱。
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この「麟閣」という文字は、現在の表千家、裏千家、武者小路それぞれの代表が書いたものというから驚きです。

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鶴ケ城入場料と麟閣見物は共通券で510円。別途600円でお抹茶もいただけます。

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東北で戦国武将の歴史を感じられるとは思いませんでした。
蒲生氏郷のパーフェクトな才能に驚くばかり。
秀吉も信長も利休にまで大事にされた蒲生氏郷のすごさを鶴ケ城で感じてみるのもおすすめです。

鶴ケ城へのアクセス

住所:福島県会津若松市追手町1−1
電話:0242-27-4005

<電車>
会津若松駅より周遊バスで20分

<車>
会津若松ICから鶴ヶ城へ車で15分ほど

<開城時間>
午前8時30分~午後5時まで(入城締め切りは4時30分)

<休館日>
なし

<駐車場>
西出丸駐車場:普200台収容可
東口駐車場:普129台収容可
南口駐車場:普35台

<入場料>
・常設展示 大人510円(麟閣共通券)・410円(鶴ケ城のみ)/子供 150円

<サイト>
http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html

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北村美桂

岐阜県出身。歴史旅ブログ「カツイエ.com」の運営と、Google Analyticsを活用したライティングを行うWebライター。現在は参加者全員が新聞紙カブトをかぶる歴史イベント「名古屋歴史ナイト」を3ヶ月に1回開催中。会の情報はこちらでも更新中。

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