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合戦がより立体的に!豊明市の桶狭間合戦の伝説の史跡3つ(桶狭間合戦)

2017.10.18

豊明市にある桶狭間合戦の史跡で、「よろいかけの松旧地」の碑と、おばけ地蔵、「鷺之森碑」の2つの碑があるのをご存知ですか?

これらは伝承を石碑やお地蔵さまにした史跡ですが、桶狭間合戦をより立体的に知ることができます。
「よろいかけの松旧地」とおばけ地蔵はどちらも近く、「鷺之森碑」は徒歩10分くらい離れていますので一気に回れる距離感です。

よろいかけの松旧地

こちらは中京競馬場駅南口から少し歩いた場所にあります。
逸話はとよあけ桶狭間ガイドボランティアのサイトから引用します。

信長が桶狭間の戦いで勝利した後、鎧をかけたと伝えられる松が、 名鉄 中京競馬場前駅ホームの 西にあったが、大正12年に枯死した。
残骸は昭和30年頃まであった。現在「よろいかけの松旧地」の碑がある。

なんと信長が勝利後に鎧をかけた松を称える碑だったのですね。
沓掛城跡や今川義元の墓などがあるので、今川ゆかりの史跡が多いイメージでしたが、信長関連の史跡も見たいという方はこちらにも立ち寄ってから、伝説地などへ行くのが良いかと思います。

鷺之森碑

こちらも織田信長がらみの史跡で、逸話はとよあけ桶狭間ガイドボランティアのサイトから引用します。

信長が桶狭間への進軍途中、熱田神宮で戦勝祈願したところ、白鷺が飛び立ち進路を導き、石塚(桶狭間)の森の大木で羽を休めた。 明治9年(1876)有松の住人 山口正義がこの伝承に基づき碑を建立。

なんと戦勝祈願の結果、縁起の良い白鷺が織田信長を導いたという伝説を記念し、明治時代に地元の山口氏によって碑が建てられたのですね。
白鷺が登場するとは相当縁起のいい感じがします。

伝承を表す石碑はちょっとこじんまりとしているので、見逃し注意です。

おばけ地蔵

なんとも怖い感じの名前ですが、こちらは今川義元の亡霊が出るという噂がたち、このお地蔵様を建立したのだそう。
それ以降、亡霊は現れなくなったことからおばけ地蔵と言われているようです。

建立したのは寛永6年(1853年)で尾張藩士が建立したそうです。
尾張藩士と言えば、伝説地の七石表も人見弥衛門・赤林孫七郎が建立していました。

このおばけ地蔵は高徳院の敷地内にあります。私も行きましたが、ちょっと怖くて写真を遠慮してしまいました。
ちなみに目の前は桶狭間伝説地で、今川義元のお墓があります。

地理的には中京競馬場駅のすぐ近くなので、「よろいかけの松旧地」の碑と一緒に回れます。

よろいかけの松旧地へのアクセス

住所:中京競馬場駅南口

<アクセス>
名鉄名古屋本線「中京競馬場駅前」下車 徒歩1分

鷺之森碑へのアクセス

住所:豊明市新栄町6-220
電話:0562-92-8317

<アクセス>
名古屋第二環状自動車道「有松IC」より車6分
名鉄名古屋本線「中京競馬場駅前」下車 徒歩14分

<サイト>
http://welcome-toyoake.jp/spot/okehazama/post.html

おばけ地蔵(高徳院)へのアクセス

住所:豊明市栄町南舘3-2
電話:0562-98-8300

<アクセス>
名古屋第二環状自動車道「有松IC」より車5分
名鉄名古屋本線「中京競馬場駅前」下車 徒歩5分

<サイト>
http://www.koutokuin.jp/

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北村美桂

岐阜県出身。歴史旅ブログ「カツイエ.com」の運営と、Google Analyticsを活用したライティングを行うWebライター。現在は参加者全員が新聞紙カブトをかぶる歴史イベント「名古屋歴史ナイト」を3ヶ月に1回開催中。会の情報はこちらでも更新中。

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