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織田信長はなぜ安土を選んだか。水路の跡を安土で見つける

2015.12.07

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天下人の天下統一の場所といえば、秀吉は大阪、家康は江戸と現在でも大都市として名を馳せている街。
なのに、織田信長はなぜ滋賀県で立派な安土城を建てたのか。

それは水路という物流インフラを抑えるためでした。
滋賀県は琵琶湖という水路を持っています。ここは京都にものすごく近いという便の良さを見込んで城を建てたと言われています。

当時の港のあとが町中でも見られる常浜水辺公園をご紹介します。

公園なのに港っぽい雰囲気

常浜とは、観音寺城という安土城ができる前まで安土を納めていた殿様のお城。その外港だったのだそうです。
常浜水辺公園は成願寺港跡として、今は公園になっています。

室町時代、観音寺城の外港で港町として栄えていた常浜。明治の初め頃まで琵琶瀞を周航する蒸気船の寄港地として、活気にあふれて、現在は、公園として憩いの場となっています。また、別名「錠の橋」とも言われています。2009年からは「常の浜さくらまつり」として日時限定の「花見舟」も出るようになりました。

説明の看板。

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船着場っぽい雰囲気。

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かなり幅の広い池。公園レベルを越す大きさ!

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対岸から見るのも雰囲気が良かったです。

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町中には湧き水の跡があったり、水路の跡がたくさん見られます。

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ちなみにこの辺りは、常楽寺城という別名木村城と呼ばれたお城がありました、もともと観音寺城にいた六角氏の家臣木村氏の城でしたが、六角氏が織田信長に滅ぼされたのを機に、織田方の家臣になった木村氏。その時の石垣が少しだけ残っているそうです。
私有地なので畑として使われているようですが、港に近いお城があった形跡が垣間見られる場所です。

桜の季節は舟が出るようです

4月になると「常の浜さくらまつり」が行われ、花見舟が運行されるようです。ミニ楽市も開かれ、花見うどんなどを食べたり、ほっこり楽しいお祭も開かれているとのこと。

春に舟でここを渡ったら気持ちよさそう。春を狙って行ってみるのも良いかもしれませんね。

常の浜さくらまつり&常楽寺フットパス  : 安土どっとネット

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北村美桂

岐阜県出身。歴史旅ブログ「カツイエ.com」の運営と、Google Analyticsを活用したライティングを行うWebライター。現在は参加者全員が新聞紙カブトをかぶる歴史イベント「名古屋歴史ナイト」を3ヶ月に1回開催中。会の情報はこちらでも更新中。

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