武将愛 SAMURAI HEART

城を巡る 復元天守の巻:和歌山城

2021.01.16

復元天守とは

資料や図面などに基づき、築城当時の姿を忠実に再現したもの。
内部は鉄筋コンクリート造などで、見た目のみ再現した外観復元天守、
内部も外部も再現した木造復元天守の2つに分類される。

紀州徳川家の居城「和歌山城」

別名:虎伏城、竹垣城など。和歌山県和歌山市にある梯郭式平山城。
羽柴秀長が藤堂高虎を普請奉行に任じ築城、浅野幸長・徳川頼宣らが改修。
1958年に天守、後に大手門や一之橋、御橋廊下などが再建されている。

西の丸広場付近

往時には西の丸御殿があった西の丸。奥の方には庭園もあります。

御橋廊下と天守群をのぞむこのアングルは、鉄板の撮影スポット。

追廻門

西の丸広場を西→南へ西外堀沿いに進むと、最初にあるのが追廻門。
現存建築物であるこの赤門は、西側入口の役割を果たしております。

不明御門跡

石垣を左手に見ながら5分ほど歩くと、お次は南側入口の不明御門跡が。
ここは現在駐車場へ続く道となっており、見事な高石垣が車をお出迎え。

岡口門

不明御門跡から東へ進み、南東側入口の岡口門方面へ。
左手には広大な南堀跡が続いており、岡口門の先には東堀があります。

そして、こちらが現存建築物であり重要文化財である岡口門。
浅野氏の時代後期までは、大手門として使われていたそうな。


大手門と一之橋

岡口門から東堀の外側を歩き、今度は北東側入口の大手門へ。

こちらは、大手門とともに復元された一之橋から見た北堀と石垣。

一中門跡

大手門から内郭へ進入、その先に待ち受けるのが一中門跡の石垣。

そして、一中門跡を抜けたあたりにあるのがこの伏虎像。
城のある山が、伏せた虎に似ていることにちなんで作られたとのこと。

岡中門跡

伏虎像がある岐路を右へ行くと二の丸跡、直進すると岡口門方面へ。
今回は直進し、東側の表坂から本丸方面を攻めるルートで行きましょう。

いざ本丸へ…進む前に、さらに直進し岡中門跡の高石垣も要チェック。
ド迫力の高石垣沿いに歩いていけば、南の丸跡に行けます。

松の丸跡

高石垣を堪能した後、少し戻り表坂から西へ伸びる松の丸跡へ。

道すがら下に見えるのは南の丸跡。現在も動物園として活躍中です。

天守

一枚目は天守曲輪下段に至る坂から、二枚目は入口である楠門付近から。

北側にまわれば、乾櫓と乾櫓から小天守まで伸びる多聞櫓が見られます。

西の丸庭園と御橋廊下

天守から下ってゆき、藩主の娯楽の場だったと言われる西の丸庭園へ。

こちらは、西の丸と二の丸を行き来するために使われていた御橋廊下の内部。

ライトアップ

締めはライトアップ。やはり御橋廊下と天守群の構図が一番美しいですね。


夕方と翌日早朝に訪れたため、天守には入れず。次は内部も見たいです。
次回は、2004年に天守が木造復元された愛媛県のあのお城へ。

 

写真で攻める!大人気「城を巡る」その他のシリーズはこちらをクリック

 

和歌山城へのアクセス

電車で行く:JR・南海電気鉄道「和歌山市駅」より南へ徒歩約20分。
車 で行く:阪和自動車道「和歌山IC」より西方面へ約20分。

地域カテゴリ

新井 良典

愛知県出身、三重県在住の社会保険労務士。一番好きな武将は大谷吉継公。マイ甲冑作成教室や甲冑試着体験を行う「あいち手作り甲冑サポート塾」に所属し、現代にも活かせる人財づくりを戦国武将から学ぶ「いい武将研究会」を主催。

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