名古屋城石垣の刻印を見に行こう! Vol.14 本丸西壁 其の一
2025.10.15
2025.09.30
一、なんらかのマークが付けられた石を「刻印」や「刻紋」、
もしくは人物の名が入っているものを「刻銘」と呼びますが、
この連載では主に「刻印」という呼び方で統一します。
一、名古屋城には膨大な数の刻印があり、
確認されているだけで2000以上もあるのだとか。
劣化により判別不明なものも多いため、本連載では
目視ではっきりわかるものを中心にご紹介してゆきます。
(名古屋城の刻印についての詳しい概要はこちらの記事もご覧ください)
一、タブレットにて刻印を白や赤の線でなぞった加工画像もありますが、
フリーハンドゆえのゆがみや想像で線を補ったものもあるため、
あくまでイメージとしてお楽しみください。
同シリーズ記事はこちら▼
「名古屋城石垣刻印シリーズ」一覧はこちらから
天守台+橋台に続いて、本丸の石垣を見てゆきましょう。
今回から何回かに分け本丸西壁→西南隅櫓の周辺→南壁とチェック、
その後東壁の方までご紹介してゆく予定です。
最初にご紹介するのは西壁の北側、大天守と小天守を繋ぐ橋台から連なる石垣。
位置的には赤いラインのあたりになります。
刻印がある石のざっくりとした分布がこちら。
誰がどこの石垣普請を担当するかが描かれた「名古屋城御城石垣絵図」によれば、
本丸西壁北側を任されたのは豊前小倉の細川忠興。
名古屋城石垣普請において、細川忠興は子・忠利とともに名古屋へ出向き、
自らは美濃の津屋・駒野・河戸あたりで石切場を確保し、
家臣や忠利は尾張の瀬戸・山口で石材の切り出しをするよう指示しております。
天下普請(公儀普請)による築城・改築ラッシュが続いたこの時期、
普請を命じられた大名たちは石垣用石材の調達に苦心していましたが、
細川忠興は石丁場を早めに確保し、必要な石材を素早く用意したようです。
まずは、奥にある①。肉眼では発見できない位置から。
前々回ご紹介した橋台の「二十人」付近には、
下に変形の「くつわ」のような刻印と丸に何らかの刻印、
上には「曲尺」と「立鼓」に見える刻印があります。
かなりの望遠がないと見えない上に、欠けている箇所もあり
難易度は最高クラスと言えるでしょう。
お次は①から少し手前側になりますが、まだまだ見づらいこの位置。
②には、左上から「団扇」っぽいもの、二つ下と中段左端に「丸に上の字」、
「丸に上の字」に挟まれるような形で「一つ鱗」があります。
「一つ鱗」内にも何か刻んであるように見えますが、詳細は不明。
そして、中段右側にあるのが「五芒星」。
今のところ、私が本丸で見つけた「五芒星」はこれだけですので、
行かれる際は何らかの望遠をご用意の上確認してみて下さい。
②の下にある③には4つの刻印が。
中上には横並びの鱗(△△)内に点が打ってある刻印、
下に「丸に上の字」が二つ、さらに下に「結び雁金」があります。
写真では切れてしまいましたが、「結び雁金」の右隣にある
三角っぽい石にも「丸に上の字」らしき刻印あり。
さらに手前側へ目線を移し、このあたりを見てゆきましょう。
刻印の密集地である④がこちら。
西壁北側に一番多い「丸に上の字」が5つ、右上に丸に何らかの刻印、
右下に「丸に上の字」+丸に工のようなものが刻まれた石があります。
左上には他の丁場で見られる「一つ鱗にさの字」らしき刻印があり、
何らかの理由で紛れ込んだのか、もしくは石を融通してもらったのでしょうか。
隅石に近い⑤には、刻印が3つ並んだ刻印が。
右と真ん中には、丸の中に何らかの刻印がされたもの、
左には薄くてわかりづらいですが「木槌」+「二つ串団子」の刻印。
続いて、④のさらに下にあるこのあたりへ。
⑥にも「丸に上の字」が多くあり、
左真ん中にある丸も恐らく「丸に上の字」ではないかと思います。
右上の二つ並んだ鱗(△△)と角(□)も含めて、
この辺りは雨に濡れた状態も今後じっくり確認したいところ。
下段の⑦も、「丸に上の字」と二つの鱗があり、
上から二番目の丸も「丸に上の字」かと思われます。
最後は下段の隅石にある⑧。
右には「十の字」と「丸に工」の刻印、
左には肉眼でもわかる「丸に上の字」の刻印があります。
9月22日の名古屋市議会にて、名古屋城「お堀のシカ」絶滅危機問題について
京都からシカを引き取るという新たな提案がなされました。
宝が池公園付近で急増していたシカを京都市は捕獲し駆除する予定でしたが、
その前に名古屋城で引き取れないか、というお話のようです。
12月を目途に受け入れ検討するようなので、続報を待ちましょう。
本丸南側石垣の刻印とシカ
名古屋城
場所:愛知県名古屋市中区本丸1−1
電車でのアクセス:地下鉄名城線「名古屋城駅」下車後徒歩約5分
車等でのアクセス:名古屋高速都心環状線「丸の内IC」から北方向へ約5分
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新井 良典
愛知県出身、三重県在住の社会保険労務士。一番好きな武将は大谷吉継公。現代にも活かせる人財づくりを戦国武将から学ぶ「いい武将研究会」を主催し、城や戦国武将に関する執筆や講演活動も行っている。
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