続100名城を巡る「久留米城」
2024.10.14
2022.10.16
・城はあったが天守はなかった地に建てられた
・城に天守台はあったが天守はなかった地に建てられた
・城に天守はあったが、往時とは異なる場所に再建された
以上のいずれかに該当する天守を指す。
大分県中津市にある、日本三大水城にも数えられるお城。1964年再建。
黒田孝高により築城、その後細川忠興が改修したと言われている。
黒田孝高の像はこちらでもご紹介→「武将像を巡る:座像 其の二」の記事はこちら
2018年頃に中津城を訪れた際の写真です。まずは、北東側から見た天守。
こちらは黒田如水(孝高)とその正室・光姫の像。
黒田如水は生涯側室を持たず、晩年も夫婦で仲良く過ごしたそうな。
天守と並ぶ中津城の見どころが、この歴史を感じさせる本丸石垣。
真ん中の隅石から右側が黒田時代、左側が細川時代の石垣です。
城跡の北側には中津川が流れており、往時は天然の堀として機能。
豊前海に近く海水も入ることから、三大水城のひとつにも数えられております。
塀近くの階段を降りて左にゆくと、加工された石を用いた石垣が目前に。
このあたりの石垣は、黒田時代に古代の遺跡から持ってきて積んだとのこと。
この写真左側部分は、自然石を用いた細川時代の石垣。
真ん中らへんの色が違う部分は、本丸へ続く鉄門があった場所を埋めたものです。
川沿いをもう少し歩いて本丸の方へ。こちらは、奥平神社と天守。
天守入口の手前にあるのは、馬具などを収納していた大鞁(だいひ)櫓。
ちなみに中津城の天守は、往時の萩城天守を模していると言われております。
展示物は、長篠の戦いで名を馳せた奥平氏ゆかりのものが盛りだくさん。
この時は長篠関連の特別展示があり、法螺貝など興味深いものが多数ありました。
大分県杵築市にある、島津軍の猛攻に耐え抜いたという歴史を持つお城。
もともとは「木付」だったが、幕府が誤って記したことから「杵築」城となった。
駐車場から少し歩き、このなかなか個性的な城門から内部へ。
天守への道すがら、左右にある宝篋印塔やら五輪塔やらを見学。
そして、お目当ての1970年に建てられた模擬天守へ。
往時は層塔型天守だったそうですが、現在の天守は望楼型になっております。
おまけで、天守付近からの眺めと、駐車場あたりから見た天守を。
どちらの城も急いで見学したため、多々見逃した点があったと知り後悔…
次回行く時は中津城は門跡、杵築城は武家屋敷を忘れずに巡りたいと思います。
写真で攻める!大人気「城を巡る」その他のシリーズはこちらをクリック
電車で行く:JR「中津駅」より、国東観光バス杵築バスターミナル行きに乗車
「杵築城入口」バス停下車後、東方向へ徒歩約10分。
車 で行く:東九州自動車道「豊前IC」より、北東方面へ約15分。
電車で行く:JR「杵築駅」より、北西方向へ徒歩約10分。
車 で行く:大分空港道路「杵築IC」より、南東方面へ約10分。
地域カテゴリ
新井 良典
愛知県出身、三重県在住の社会保険労務士。一番好きな武将は大谷吉継公。現代にも活かせる人財づくりを戦国武将から学ぶ「いい武将研究会」を主催し、城や戦国武将に関する執筆や講演活動も行っている。
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