武将愛 SAMURAI HEART

どこにいた家康 Vol.06 上ノ郷城

2023.02.12

この連載は、2023年の大河ドラマ『どうする家康』で舞台となった地を
後追い、あるいは先読みしながらご紹介していくものである。
なお、タイトルにちなんで、記載は年齢問わず「家康」で統一する。

『どうする家康』ちょっとふりかえり

第六回は、前回に引き続いて瀬名たち関口家の人々奪還回。
妻子の身を案じ、決断をしたというよりすがる気持ちで本多正信の策を採用、
思うように進まない城攻め…と、徳川家康にとってストレスのたまる展開でしたね。
於大の方はじめ、戦国に生きる女性の色々な強さが描かれた回でもありました。

鵜殿長照が城主だった「上ノ郷城」

今回の史跡は、徳川家康が攻めた鵜殿長照の守る上ノ郷城。
徳川家康自身も経験した人質交換を成功させるため、この城を攻め落とし鵜殿長照の子を生け捕りにしました。

 

・上ノ郷城 城の南にある赤日子神社横の駐車場から出発
城までは看板がしっかりとサポートしてくれるので、迷うことはないでしょう

・上ノ郷城 堀の一部だといわれる「熊ヶ池」

・上ノ郷城 案内の通り進み、「土塁」の残る南側の入口へ

「土塁」の上には上ノ郷城であることを示す石碑があります

・上ノ郷城 「主郭」へ向かう道の途中には、立ち入り禁止箇所もあるのでご注意を

 

「上ノ郷城」の戦いは忍者が活躍

ドラマ内では服部半蔵率いる忍者たちが活躍しておりましたが、忍者が火を用いて攻め入ったという説が実際にあるそうです。
汚名返上を果たした伊賀の服部党と、今回出てきた甲賀衆。
忍者活躍説が本当ならば、はたしてどちらが活躍したのでしょうか。

江戸城の百人番所に詰めていた服部半蔵の記事はこちら

・上ノ郷城 正面に見えるのが「東廓」、左に行けば「主郭」へ

・上ノ郷城 こちらが「主郭」、発掘調査では柱の跡などが見つかっているそうです

徳川家康は北側の「名取山」に陣を置き、上ノ郷城攻略を始めたといわれております

・上ノ郷城 ここから「主郭」を少し降りると、「北廓」もあるのでお見逃しなく

・赤日子神社 鵜殿長照ゆかりの、蒲郡で最も古いといわれる神社

・鵜殿坂 鵜殿長照がここで転倒し討たれたと伝わる「鵜殿坂」
ここで転ぶと一生怪我が治らない、という恐ろしい言い伝えがあるそうです

 

妻子と再会を果たし一安心した徳川家康ですが、次回はいよいよ徳川家康三大ピンチの一つ、三河一向一揆編に突入。
シリアスとコミカルのバランスも馴染んできた感がありますので、一向宗と対立する原因をどのように描くか楽しみにしたいと思います。

今回の史跡「上ノ郷城」

上ノ郷城
場所:愛知県蒲郡市神ノ郷町

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新井 良典

愛知県出身、三重県在住の社会保険労務士。一番好きな武将は大谷吉継公。現代にも活かせる人財づくりを戦国武将から学ぶ「いい武将研究会」を主催し、城や戦国武将に関する執筆や講演活動も行っている。

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