100名城を巡る「彦根城」後編
2025.01.12
2026.07.28

2026年NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」
豊臣秀吉と秀長兄弟の「絆」と「兄弟の活躍」が観どころのドラマですね。
当然二人に注目がいくところではありますが、二人の活躍には重要な存在となる豊臣姉妹に今回は着目してみました。
こちらの図をご覧ください。

戦国大名として天下統一を果たした豊臣秀吉の兄弟姉妹関係です。
生まれや育ちについてははっきりしないようですが、豊国神社公式ホームページには(http://toyokuni-jinja.jp/)
「貧しい農民の子に生まれる」と記されています。
家族は父親を早くになくしたため、母と姉ひとり、弟ひとり、そして妹がひとりの家族で慎ましく暮らしていたようです。
母は「なか」、そして姉が「とも」、弟「小一郎」、そして妹は「あさひ」です。
そんな秀吉は、とても家族想いの人物として「豊臣兄弟」では描かれています。
大河ドラマの第一話でも、秀長の「なぜそんなに偉くなりたいのか」という問いかけに、
「母や姉、妹にたくさんご飯を食べさせてあげたいから」
といっていました。
秀吉の姉「とも」といえば、なかなか子宝に恵まれなかった秀吉に長男の秀次を養子にだしたことで知られています。
秀次は二代目関白太政大臣として、豊臣家の次世代を一度任された人物です。

けれど、秀吉に実子である秀頼が生まれると、謀反の罪で切腹をさせられてしまいました。
その際、秀次の妻子はすべて京都の三条河原で処刑されましたが、秀吉は姉「とも」だけを残しました。
ひとり残された「とも」の気持ちは想像するだけで心が痛みます。
1596年、後陽成天皇から京都嵯峨の村雲の寺地と「瑞龍寺」の寺号、そして寺領千石、菊花御紋、紫衣を賜った「とも」は、瑞龍院日秀尼「ずいりゅういんにっしゅうに」として寺を創建しました。

「とも」は、子の秀次、秀勝、秀保などを弔うために「瑞龍院妙慧日秀」(日秀尼「にっしゅうに」と呼ばれることが多い)として、祈り続けたといわれています。
「あさひ」はのちに「旭姫」とよばれ、徳川家康の正室となった人物です。
農民として暮らしていた頃の「あさひ」は「豊臣兄弟!」で、甚助とともにしあわせに暮らしていた様子が描かれています。
そんな「あさひ」でしたが、小牧長久手の戦いののち、秀吉による講和策として家康のもとに送られ、婚姻することとなりました。
家康と婚姻した「あさひ」は当初、浜松城に入城しました。

その後、秀吉の命によって家康とともに駿府城に移ることとなり、駿府での暮らしが始まりましたが、大政所様のお見舞いに上洛した際、自身も病気を患ってしまい、駿府城に戻ることができなかったといいます。
旭姫(「あさひ」)の墓所は静岡県静岡市の瑞龍寺にあります。

豊臣秀吉のサクセスストーリーによって、兄弟姉妹の運命は大きく変わっていきます。
戦国時代は、武将たちに注目が行きがちですが、女性たちもまた自身の立場を背負い、運命に翻弄されつつも強く生き抜いていきます。
秀吉、秀長が何よりも注目されるところではありますが、姉、妹との絆があってこその秀吉。
姉、妹の心象もドラマで感じながら観るというのもまた違った味わいがあるのではないでしょうか。
そしてお気づきになったかもしれませんが、「とも」と「あさひ」。
共に縁のあるのが「瑞龍寺」。
あまりにも偶然過ぎる運命に驚いてしまいました。
文末になりますが、村雲御所瑞龍寺門跡」様。
画像をご提供くださいまして本当にありがとうございました。
画像提供のお願いをさせていただきました際、とても温かく接していただいたことがとても心に残りました。
「村雲瑞龍寺」は、八幡山山頂、八幡山城本丸跡にある豊臣秀次の菩提寺でもあります。
【瑞龍寺アクセス】
滋賀県近江八幡市宮内町19-9
JR琵琶湖線近江八幡駅下車バス長命寺行 大杉町下車徒歩5分
【駿府城アクセス】
静岡市葵区駿府城公園1-1
JR静岡駅下車 徒歩15分
【瑞龍寺アクセス】
静岡県葵区井宮町48
JR静岡駅下車 バス
安倍線・三輪大谷線「材木町」下車3分

rico
教育系ライターricoです。 公立小学校の教員をしていました。戦国時代の強い姫たちが好きです。特に江のファン。読んでくださる方の心にイメージが広がるような文章を紡いでいきたいと思っています。
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