武将愛 SAMURAI HEART

この記事は2020年10月10日記事のため内容が古い可能性があります。

城を巡る 復元天守の巻:会津若松城

2020.10.10

復元天守とは

資料や図面などに基づき、築城当時の姿を忠実に再現したもの。
内部は鉄筋コンクリート造などで、見た目のみ再現した外観復元天守、
内部も外部も再現した木造復元天守の2つに分類される。

赤瓦の外観復元天守を誇る「会津若松城」

別名:鶴ケ城など。福島県会津若松市にある梯郭式平山城。
葦名直盛築城、蒲生氏郷や加藤明成による整備改修とされる。
2011年に、天守の屋根が明治時代以前の赤瓦葺に復元された。

大手門跡

復元天守への道は北出丸から、西出丸から、西の丸からの3つあり、
今回は鶴ヶ城会館から北出丸の大手門へ行くルートで入ってゆきましょう。

堅固な枡形状の大手門跡とその石垣。ここをくぐり抜ければ北出丸へ。

太鼓門跡

北出丸から南に伸びるのが椿坂、その先に太鼓門跡と天守が見えてきます。

石垣の反対側にはV字型の武者走りがあり、建築物へ続く階段として活躍しました。

帯曲輪から見る天守

太鼓門跡から天守西側にある帯曲輪へ。桜の時期には、沢山の人で賑わう場所。


表門

帯曲輪と本丸の間に立ちはだかる、表門または鉄門とも呼ばれる巨大な門。
本丸内南方向へ南走長屋が続いており、その先には干飯櫓が建つというつくり。

本丸

表門をくぐると、この大広間跡をはじめとした広大な本丸があらわれます。

大広間跡の奥に佇むのが茶室麟閣。千利休の子・少庵ゆかりの茶室とのこと。

こちらは本丸東側にある御三階跡。会津若松城唯一の現存建築物として、
現在は会津若松市内にある阿弥陀寺に移築されております。

廊下橋門跡と廊下橋

御三階跡後方の階段を登ると、二の丸へ続く廊下橋や門跡を上から見られます。

こちらは、階段から戻り御三階跡付近から撮影した桜と天守。

本丸から見る天守

本丸から見上げる、天守東側の表情。晴天に赤瓦が映えますね。

天守内部

ここから天守内部へ。入口である地階は穴蔵になっており、
塩や保存用食料の貯蔵庫する「塩蔵」として利用されていました。

1枚目は、天守最上階から望む北東側、飯盛山方面の眺め。
2枚目は、干飯櫓に続く南走長屋の内部の様子。

遠望

こちらは、会津若松城の東側にある小田山城からの遠望。
戊辰戦争の際、新政府軍はここに砲陣を設けたそうな。

ライトアップ

最後は天守のライトアップ。桜の花びらをイメージした演出も。


まだ見ぬ満開の桜と赤瓦の天守の共演。いつか見に行きたいと思っております。
次回は宇喜多秀家築城、黒色の城壁が美しいあのお城を予定。

 

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福知山城へのアクセス

電車で行く:JR「福知山駅」より東へ徒歩約15分。
車 で行く:舞鶴若狭自動車道「福知山IC」より西へ約10分。

地域カテゴリ

新井 良典

愛知県出身、三重県在住の社会保険労務士。一番好きな武将は大谷吉継公。現代にも活かせる人財づくりを戦国武将から学ぶ「いい武将研究会」を主催し、城や戦国武将に関する執筆や講演活動も行っている。

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