武将愛 SAMURAI HEART

この記事は2016年3月22日記事のため内容が古い可能性があります。

発掘調査の担当者に聞いてみた!信長居城跡で見つかった「濃姫」の屋敷

2016.03.22

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2月27日、岐阜市によって「発掘調査現場の現地説明会」が開かれました。そこでの発表は謎の多い、織田信長の正室の濃姫の居城跡の位置が特定できたこと。

濃姫といえば、肖像画さえもなく、詳しいことがわかっていない人物。そのため今回の発掘は、ファンとしてはとても興味深いもの。発表会には900人もの人が集まったそうです。

その時のお話を伺いに、岐阜市教育委員会社会教育課の高橋さんの元を訪れました!

ルイス・フロイスの記述を彷彿とさせるものだった

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今回の信長公館跡の調査は633㎡で、期間は平成27年7月2日から平成28年2月26日までの約半年間。現地説明会資料によると、

1・西斜面で庭園が見つかりました
巨石列と石垣に囲まれた方形の池が見つかりました。

2・大規模に敷地を拡張したことがわかりました
拡張前と拡張後の2時期の石垣が存在。工事途中で設計変更し、大規模に敷地を拡張しました。拡張工事の際、整地土の中に礎を入れ、排水機能を持たせていたと考えられます。

3・金箔瓦建物の位置を特定できました
金箔瓦の出土状況から、庭園上部に金箔瓦建物が存在したと考えられます。

とのこと。

ルイス・フロイスの『日本史』によると、「4~5つの庭園があり、池がある。二階には夫人の館があり、1階よりも立派。すべての座敷に金襴の幕がかかる。町や山側がよく見える」とあり、今回の金箔瓦などの出土で、濃姫がいた屋敷の場所が特定できたとのことです。

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現在は保存のため、一旦埋め戻しをしているので、何もない状況です。

しかし、今回は濃姫という人気人物だけに注目度も高かった様子。高橋さんも取材が殺到し、たくさんのメディアに答えていたようです。

岐阜城は信長のコンセプトではおもてなしの城というのが、どんどん明らかになってきています。そのおもてなしの心が、城下町にも現れていて、「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜として日本遺産にも認定されました。

岐阜=信長の街として、歴史的にももっと認知されて欲しいと、岐阜県民的には思います。今後の調査が楽しみです。

「日本遺産(Japan Heritage)」について|文化庁

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北村美桂

岐阜県出身。東海三県の歴史旅ブログ「カツイエ.com」の運営を行うWebライター。

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