徳川家康が築いた世界遺産「二条城」は「城」なの?
2025.06.02
2025.06.23
北野天満宮といえば、京都屈指の観光スポット。
菅原道真公をおまつりした天神信仰発祥のお社です。
天神様として多くの人々から篤く信仰されている北野天満宮ですが、今回は、豊臣秀吉との縁から見どころをご紹介したいと思います。
まずはご本殿です。
ヒノキの樹皮を何枚も重ねた桧皮葺屋根(ひわだぶきやね)が見事な現在のご本殿は、豊臣秀吉公の遺命によって、1607年、豊臣秀頼が造営しました。
桃山時代の建築として、造営当時の規模そのままに保存されているのは、北野天満宮のご本殿だけということですが、黄金色や唐破風の豪華絢爛な装飾や彫刻は、桃山時代、まさに秀吉全盛期のイメージで見事です。
秀頼は、このように見事な北野天満宮のご本殿を再建させましたが、それは家康の策略によるものではないかという説があります。
家康は、秀吉が秀頼に残した財産を、豪華絢爛な建築費用として使わせたかったのではないかということですが、確かにその案は、戦略的には名案です。秀頼は北野天満宮以外にも再建に力を入れたということですから、財産は、見事に減ってしまったかもしれません。
このご本殿ですが、八棟造(権現造ともいわれる)と称されていて、貴重な神社建築として国宝にも指定されています。
北野天満宮は、天神信仰発祥のお社として947年に神様のお告げによって、平安京の北西にあたる北野に菅原道真をおまつりして創建したことが始まりだそうです。
そののち、藤原氏によって御社殿が造営され、987年には、一條天皇により「北野天満大自在天神」の御神号を賜ったことにより、菅原道真は「天神様」とよばれるようになりました。
菅原道真と聞くと、個人的には、学問の神様と祟りの両方が思い浮かんでしまいますが、いずれにしても、日本各地の天神様のおおもとになっているのが北野天満宮ということです。
北野天満宮は、1587年、豊臣秀吉が境内、北野松原で「北野大茶湯」を開催したことも有名です。
石碑もあります。
茶の湯用の水を汲んだと伝わる井戸がこちらです。
北野天満宮には、楼門とご本殿の間に中門があります。
この中門は、三光門と呼ばれるとても神秘的な門です。
三光門はなぜ、そのように呼ばれるかというと、三つ光、つまり、「日」「月」「星」の三つの光の門としているからです。
梁の間に日、月、星の彫刻がありますが、星の彫刻だけはみえません。
その理由は、帝がお住いであった大極殿から北野を望むと、この門の上に北極星が輝くため、北極星を「星」としているため、星の彫刻はみえないようにしているのだとか。
とても浪漫がありますね。
このことから三光門は「北極星をいただく伝説の門」といもいわれるそうです。
素敵ですね。
秀吉が北野大茶湯を開催したのは、この北野の地の「光」に導かれたのでしょうか。
今もなお、人々が途絶えることなく愛される北野天満宮で、菅原道真も恐れられるのではなく、神として人々を守っていることと思います。
北野天満宮は、昔も今も、天空とひとつとなり人々を守っているように感じます。
開門時間 7:00〜17:00
御本殿前三光門は16:30に閉門
御祈祷 9:00〜16:00
授与所 9:00〜16:30
*境内の拝観は自由
*もみじ苑ライトアップ期間中:9時~20時
拝観料はなし
JR京都駅
京都市バス50系統 北野天満宮前下車
JR二条駅(地下鉄二条駅)
京都市バス55系統 北野天満宮前
阪急電車
阪急西院駅下車
京都市バス203系統 北野天満宮前下車
阪急大宮駅
京都市バス55系統 北野天満宮前下車
rico
教育系ライターricoです。 公立小学校の教員をしていました。戦国時代の強い姫たちが好きです。特に江のファン。読んでくださる方の心にイメージが広がるような文章を紡いでいきたいと思っています。
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