武将愛 SAMURAI HEART

この記事は2016年3月17日記事のため内容が古い可能性があります。

姫たちの武将愛 vol.3 徳川家康の側室 もうひとりの「お万」

2016.03.17

1234

徳川家康の側室「お万」。いろいろと調べてみると「お万」と言われていた側室は、結城秀康のご生母である長勝院と徳川頼宣・徳川頼房のご生母の養珠院のお二人という記述が多いのですが、実はもう一人「お万」と呼ばれていた方がいらしたようなのです。

 

横浜市戸塚区にある小さなお寺

神奈川県横浜市戸塚区には、「清源院」というお寺があります。

このお寺が、

もうひとりの「お万」が開いたお寺

ということなのです。

このお寺はとても小さなお寺ですが、葵の御紋を掲げることを許されたお寺であることから、徳川家ゆかりのお寺であることは間違えありません。

12345

1234567

 

 

家康がご病気のときに遠路駆けつけたお万

お万は年を重ねてからは、神奈川県横浜市戸塚区の岡津という地に隠居されていたそうですが、家康がご病気のときに、かけつけて見舞ったのだそうです。それを喜んだ家康が、お万に阿弥陀如来像を下賜したということです。

家康が亡くなったあと、お万はこの阿弥陀如来像を安置する場所として、横浜市戸塚区のこの場所に、清源院を開いたのだとか。

ご本尊となった阿弥陀如来像は、口を少し開き、歯を少しみせていることから「歯吹阿弥陀如来像(はふきあみだにょらいぞう)」といわれ、大変めずらしいものだということです。

ただ、残念なことに、ご本尊の阿弥陀如来像は毎年一回だけの御開帳ということです。

12345678

1234456789

他に、阿弥陀如来立像がありますが、こちらは普段から拝することができます。

1234567890

12345678901

 

遠くから願う家康への想い

この家康ゆかりのお寺が、なぜひっそりと、あまり知られずにいるのでしょう。その理由に確かなものは見当たりませんが、きっと家康とお万の間には、子がなかったことがその一因になっているのかもしれません。

「お万」のように、家康には、知られていない側室が他にもいたのかもしれません。

11111111

身分が低く、子がない場合、年を重ねて、お万のように隠居した場合、たまたまお万は家康を見舞ったことをきっかけに、清源院を開くことができましたが、ひっそりとお暮しになった方もいたかもしれません。

 

家康にとって、妻の存在は組織的であったようですが、どのような形であっても、お万のことを大切にしたのだと思います。だからこそ、お万は隠居して離れていても、家康のことを想って、見舞ったのだと思います。

 

清源院へのアクセス

JR東海道線「戸塚駅」徒歩5分

JR横須賀線「戸塚駅」徒歩5分

横浜市営地下鉄ブルーライン「戸塚駅」徒歩5分

 

清源院は2017年3月頃まで本堂は改築中です。

武将カテゴリ

地域カテゴリ

noriko

はじめまして。徳川秀忠とお江夫妻のファンnorikoです。 ライティングの仕事をさせていただいています。 読んでくださった方が、当時に想いを馳せることができるような、そんなコラムを書いていきたいと思っています。

この記事へのコメントや情報提供をお待ちしています

ログイン してコメントを投稿して下さい。
ユーザー登録がお済みでない方は 登録画面 にて登録後、コメントを投稿して下さい。

関東地方の記事

人気記事

PR

武将名や合戦場所などで検索

地域カテゴリ一覧

徳川家康の記事

この記事の後によく読まれているおすすめ記事

バックナンバー記事

次の10件を見る

戦国武将の生涯をたどる
  • 信長公の生涯をたどる

    天下布武その生涯をめぐる
    <勝幡〜清洲〜岐阜〜安土>

  • 秀吉公の生涯をたどる

    日本一出世 その生涯をめぐる
    <名古屋〜長浜〜大阪〜京都>

    豊臣秀吉年表へ
  • 家康公の生涯をたどる

    天下泰平までの道のりをめぐる
    <岡崎〜浜松〜江戸〜駿府>

    徳川家康年表へ
  • 加藤清正年表へ