どこにいた家康 Vol.42 松尾山城
2023.11.04
2016.02.27
日本の山城で最も高地である海抜717mに位置し、
織田信長の叔母・おつやの方(岩村殿)が当主を務めた時期もあり「女城主の城」とも呼ばれる。
また、霧が多く発生することから、「霧ヶ城」と呼ばれていた。
太鼓櫓
資料館の前に復元された櫓。
時を知らせるための太鼓が置かれた場所で、庶民と殿様の絆を象徴する建物と言われています。
一之門
最初の難関・初門の次に位置する門。
向かって左側には多門櫓跡、右側には石垣と土塁で固められていた。
畳橋跡
畳のように床板をめくることができた橋がかかっていた場所。
奥には三重櫓跡があり、在りし日の姿はまさに難攻不落だったでしょう。
追手門
畳橋が外されれば、待っているのはこの高石垣と前述の三重櫓。
枡形門で足が止まれば矢の餌食に…。
六段壁
三の丸にそびえ立つ六段の石垣。
元は最上部のみの高石垣であったが、崩落を防ぐため補強を繰り返し、現在の姿に。
遠目に見るのも素晴らしいですが、下から見上げると圧巻です。
東曲輪の石垣
ゆるやかにカーブを描く石垣。
この位置からは、前にこの景色、右を向けば六段壁が望めます。
長局埋門
東口門。石垣の上には多門櫓があったようで、
まさに要塞といえる威容だったことが窺い知れます。
埋門
本丸北側の出入口。
階段を登れば本丸へ、後方を振り返れば二之丸跡があります。
埋門石垣
扇の勾配と呼ばれる曲線美。
野面積み・打込みハギ・切込みハギという3つの技法が駆使された石垣が見どころ。
岩村歴史資料館の近くにある「城下町ホットいわむら」や、
ここから北へ歩いて約10分の場所にある、織田信忠ゆかりの「大将陣」もおすすめです。
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標高 717m(本丸・最高所)
城囲い 1,255m(但し一の門内)
山回り 3,700m
縄張り 本丸・二の丸・出丸・東曲輪・八幡曲輪・帯曲輪・藩主邸等
石垣場所 31ケ所(1,700m)
矢の倉(櫓) 11ケ所(三重1,二重9,一重1)
多門 大小8ケ所
門 大小17ケ所
塀 43ケ所
狭間 680ケ所(矢・鉄砲狭間)
城内屋舗 10ケ所(藩主邸は別)
※岩村観光協会ホームページより
☆ 公共交通機関で行く
明智鉄道恵那駅から岩村駅まで約20分
→徒歩で岩村歴史資料館まで約30分、追手門付近まで約20分
☆ 車で行く
恵那ICから南方向へ約30分
脚力に不安があり、運転が得意な方→山上にある出丸跡駐車場、
膝に爆弾を抱えていない方→岩村城資料館の駐車場がよいと思います。
ともに無料です。
住所:岐阜県恵那市岩村町城山
新井 良典
愛知県出身、三重県在住の社会保険労務士。一番好きな武将は大谷吉継公。現代にも活かせる人財づくりを戦国武将から学ぶ「いい武将研究会」を主催し、城や戦国武将に関する執筆や講演活動も行っている。
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