武将愛 SAMURAI HEART

この記事は2017年9月19日記事のため内容が古い可能性があります。

今川義元の本陣跡と墓碑、そして悲劇の家臣・松井宗信のお墓がある高徳院(桶狭間の戦い)

2017.09.19

豊明市にある高徳院は、桶狭間古戦場伝説地の隣りにあるお寺です。
今川義元の仏式墓所や本陣跡の石碑、今川軍の重臣・松井宗信の墓碑があるので伝説地とともに桶狭間史跡めぐりでは欠かせないスポットとなっています。

特に松井宗信は今川義元の重臣であり、「桶狭間の戦い」で討死してしまった武将なのです。

まとめページ:世紀の大番狂わせ桶狭間の戦いを紐解く

高徳院に今川義元の仏式墓所

高徳院はお寺に入るとすぐに今川義元本陣跡と書かれた石碑が建っています。
緑区にもおけはざま山の今川義元本陣跡の看板がありますが、桶狭間の戦いは山の尾根で移動をしていたのでそれぞれを通っていたのかもしれません。

今川義元のお墓と言われるものは、高徳院の竹やぶの中にあります。
お墓は目の前の伝説地にもあるので、どちらが正しいのか真相はわかりませんが、お墓が近距離で2つもあるというのを楽しめるのではないでしょうか。

 

高徳院には松井宗信のお墓も

あまり知られていない武将ですが、松井宗信のお墓もあるのでぜひチェックしておきたいところです。
松井宗信は遠江の国人領主で二俣城の城主でした。

二俣城といえば、徳川家康に長男信康が切腹させられた場所としても知られていますね。
今川家に仕え、三河国の田原城攻めでは義元自ら働きを褒め称える感状を送っているほど、勇猛果敢な働きをした武将のようです。

 

戦死後は息子があとを継ぎますが、今川氏真に謀反を疑われ息子は謀殺されてしまうという非常に悲惨な運命だったようです。
以下、武将JAPANの『井伊谷七人衆』 おんな城主直虎ゆかりの地を歩く~直虎紀行 伍の巻の記事に詳しく情報が掲載されています。

井山城守宗能は、堤城(静岡県菊川市下平川字堤)を築いて住み、松井山城守貞宗(「八郎」「兵庫助」とも)に跡を譲った。

貞宗の長男の松井左衛門亮信薫は、今川氏の命で永正11年(1514)、米倉城に移った二俣氏に代わり二俣城主(笹岡城主)になり、堤城は廃城となった。その信薫が病死すると、弟の松井左衛門佐宗信(「郷八郎」「強八郎」「五郎八郎」とも)が継ぎ、新たに蜷原城を築いて笹岡城を居館としている。

この松井宗信は、今川義元の武将として三河国各地で歴戦したが、永禄3年(1560)の「桶狭間の戦い」で討死。宗信の長男・松井山城守宗恒(「八郎」とも)が跡を継ぐも、今川氏から徳川氏に寝返った引馬城主・飯尾連龍と姻戚関係にあったので、今川氏真に駿府へ呼び出されて謀殺されたという。

 

桶狭間だけでなく、天竜院(静岡県磐田市)にも墓碑があるそうです。
今川義元だけでなく、家臣のことを知るとより「桶狭間の戦い」がどんなものであったかが浮き彫りになってきますね。

一気にいろいろな「桶狭間の戦い」関連史跡が見られるので、高徳院にもぜひ立ち寄ってみてください。

豊明市のホームページではきゅうり祭りなる変わったお祭りがあるとの情報も。

毎年7月の「土用の丑の日」には、高徳院きゅうり祭りが開かれます。身代わりのきゅうりに名前と住所を書き奉納することで、1年間の「無病息災」「家内安全」を願います。
事務所で販売されているきゅうりのお守りも人気!

 

まとめページ:世紀の大番狂わせ桶狭間の戦いを紐解く

 

高徳院へのアクセス

住所:豊明市栄町南舘3-2
電話:0562-98-8300

<電車>
名鉄名古屋本線「中京競馬場駅前」下車 徒歩5分
名古屋第二環状自動車道「有松IC」より車5分

<サイト>
http://www.koutokuin.jp/

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北村美桂

岐阜県出身。東海三県の歴史旅ブログ「カツイエ.com」の運営を行うWebライター。

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