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寺部城

若き徳川家康が初陣を飾った寺部城攻め

弘治4年(1558)、17歳の徳川家康(当時は松平元康)が初陣を飾った寺部城攻め。一時は廃城となったが、家康から尾張徳川家の付家老を命じられた渡邉半蔵守綱(わたなべはんぞうもりつな)が陣屋を築いた。守綱は槍一筋で若き家康を支え、「槍の半蔵」の異名をとった武功の士。以後、一万石以上の知行地をもつ「万石以上年寄」として幕末まで尾張藩の要職にあって尾張徳川家を支えた。

戦国勝の一押しPOINT

現在、城址には守綱神社、建物の礎石、井戸跡、土塁跡が残る。城跡から東200m先に渡邊家家臣屋敷の旧松本家長屋門、遊佐家長屋門が残る。また城跡から東に1.2km先に寺部城攻めの際、家康が腰をかけ采配を振るったとされる烏帽子岩(えぼしいわ)が残る。

住所:豊田市寺部町1-1
アクセス:名鉄三河線「豊田市」駅または愛知環状鉄道「豊田市」駅から名鉄バス乗車「寺部中町」バス停下車、徒歩約10分
駐車場:なし

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