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岩略寺城

徳川家康による東三河攻略の足掛かりとなった城

永禄3年(1560)の「桶狭間の戦い」後に今川氏から独立した徳川家康(当時は松平元康)が、永禄4年(1561)に攻め落としたとされる城。西三河と東三河の境目にあり、眼下に東海道を見下ろす重要な城であったが、誰がいつ築城したかはわかっていない。家康はこの岩略寺(がんりゃくじ)城や北西にある登屋ヶ根(とやがね)城などを次々と攻略し、西三河から今川氏の勢力を追い出したといわれている。

戦国勝の一押しPOINT

現地案内看板にうたってある「中世山城の本県最大の遺構」という表記も過言ではなく、堀切・切岸・三日月堀だけでなく井戸跡なども良好に残る。山城ではあるものの、獣除けの柵を開けて(閉めるのもお忘れなく)舗装路を進めば、山頂近くまで車で行けるという点も素晴らしい。

住所:愛知県豊川市長沢町御城山
アクセス:名鉄名古屋本線「名電長沢」駅下車、山頂まで徒歩約30分
駐車場:あり(山頂)

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