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岩倉城

「小牧・長久手の戦い」の際に、家康が陣を置いた城

天正12年(1584)8月、徳川家康が「小牧・長久手の戦い」の際に陣を置いた。家康の家臣・松平家忠の『家忠日記』には再び尾張進出した秀吉軍に対し、岩倉に陣を置いたという記述があるとのこと。岩倉城は永禄2年(1559)、織田信長の攻撃によって落城し、破却されたとされる。しかし小牧・長久手の戦いではいくつかの古城や砦が修築され使用されていることから、五条川に面し防御に適した岩倉城も同様に修築された可能性もある。一方、信長に敗れた岩倉城主・織田信安の位牌を安置する龍潭寺には小牧・長久手の戦いの際に家康が数日間滞在したという記録もあるという。江戸時代以前、龍潭寺付近には五条川旧河道が流れていたことから、あるいは本陣は寺の周辺に置いたのかもしれない。

戦国勝の一押しPOINT

岩倉城は発掘調査の結果、五条川に面し、その水を引き入れた二重の堀を備えた周囲約200メートル四方の城だったことが判明している。現在住宅地化が進む中、主郭址にわずかに石碑が残るのみとされるが周辺には曲輪を囲んだ堀跡と推定できる高低差がいくつか残る。

住所:岩倉市下本町城址地内
アクセス:名鉄犬山線「岩倉」駅下車、徒歩約15分
駐車場:なし

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